No.337 特集トマト:アンダーワールド「formgiving」について

●はじめに
「トマト」は1991年にロンドンで結成されて以来,国内外に強い影響力を発揮している重要な創作集団です。メンバーには人気テクノバンド「アンダーワールド」も所属しており,グラフィック,映像,プロダクト,空間,音楽,執筆をはじめとする多分野で活動を続けています。
この特集はトマトの創設メンバーのひとりで,その思想形成に大きな影響を与えているジョン・ワーウィッカーが自身の創造哲学をトマト,アンダーワールド,その他の関連プロジェクトとともにまとめた,彼の言葉を借りれば「断片の積み重なり」です。
これらの断片は詩的なタイポグラフィとグラフィックの構成を通じて,トマトとその活動におけるもののとらえ方や制作への態度を,言葉だけではなくひとつの全体的な体験として読者に提示するものです。
スタイルや様式ではない,西欧のデザイン思想のひとつの現在形がここに記述されています。情報の質と構造がおおきく変化している同時代で,デザインを考えるためのひとつの哲学です。
本特集は現代におけるデザインのひとつのとらえかたであるとともに,読者のさらなる読み方に開かれてもいます。ここではとくに日本の読者にむけて,いくつかの補助線を引いてみたいと思います。


●トマトという衝撃
トマトの登場はひとつの事件でした。
トマトはクライアントの抱える問題に対して解決策を提供するというデザインのモデルを放棄しました。そして,すべては彼らは自己表現の探求や実験の過程の一部であり,依頼された仕事もその探求のなかのいち手段であるという態度を表明したのです。
「問題を"解決"するなんてことはできるわけがない。できることといえば,ある時間の枠において,それに応答することだけだ」(*1)とメンバーの一人,サイモン・テイラーは語ります。
彼らはこのやり方は大きく成功し,90年代のイギリスのグラフィックデザインは次のフェイズに突入しました。
トマトの成果物は関わったメンバーや方法論によってさまざまで,特定のヴィジュアル的なスタイルに還元されることはありません。しかし,90年代にトマトが放ったデザインは視覚的な衝撃をともなっていました。
メジャーな人気を獲得しつつあったアンダーワールドのアートワークやPV映像,ニューヨークをタイポグラフィックに描写した作品集『mmm...skyscraper i love you』,『トレインスポッティング』の映像シーケンスなどでみられた,音楽的,映像的に構築されたイメージとタイポグラフィは,魔術的な魅力にあふれていました。
このようなグラフィック表現に,同時代の「実験的」タイポグラフィを展開していたデザイナーと同じような,20世紀初頭のアヴァンギャルドの影を見るのは容易かもしれません。しかし,トマトの作品にはそのような視覚的な快楽主義をこえて,イギリスの現代美術やミニマル音楽,ポストパンクの系譜につらなる知的な実験性が認められました。

●場としての
さらに,トマトのユニークさは,これらの成果物を生み出すその制作体制にもありました。彼らは従来のピラミッド型のデザイン事務所という関係ではなく,あくまでも独立した個人単位で活動し,その水平的な関係のなかでダイナミックに協同作業を行っています。トマトはいわゆる「事務所」ではなく,各人がその探求の「旅」で得た知識や経験の地図を相互に参照し,影響しあうための「場」だということです。
この参照過程を彼らは「プロセス(過程)」と呼んで重要視しています。世界と自己は絶え間ない相互規定のプロセスのなかにあり,自分のつくり出したものが世界に影響を与えると同時に,その世界が今度は自分を規定していく......。これまでのようにひとつのプロジェクトや作品単位で考えるのではなく,つねにオープンエンドな連続するプロセスのなかでものごとがつくられていく,という考え方です。
以上のように,トマトの活動は「開かれた」制作の方向性と可能性を大胆かつ鮮やかに提示しました。「領域横断的」や「コラボレーション」といった言葉で語られるデザイン産業のトレンドは,その実態はともかく「考え方」としてはすっかり定着しましたが,その起爆点にトマトがあったことは間違いありません。
言葉としてはいささか濫用されすぎて陳腐に響くかもしれませんが,このような方法論は
細分化,断片化された世界をつなぎあわせる術として,今度も有効なものであり続けるでしょう。

●魔術的造形言語
トマトが映像,グラフィック,環境デザイン,音楽...といった複数の分野を同時にこなすスタジオと考える人が多いが,それは間違いだ,とジョン・ワーウィッカーは語ります。ジョンによれば,現代独立した分野と思われている各専門領域は,20世紀中頃以降の産業のなかで細分化されたものにすぎず,たとえばバウハウスのような機関やモホイ=ナジのようなアーティストは,様々な文脈でアイデアや造形を実現しようとしていました。
トマトは「そのような先人たちが行っていたような総合的なアプローチを現代の文化状況に対して試みている」(*2)のです。
つまり,20世紀に確立されたせまい専門・制度としてのデザインのなかにとどまらず,より大きな思想史,視覚文化史の文脈につらなりながら,現代的なかたちとイメージの創出に取り組んでいるわけです。
トマトが注目を浴び,デザインの世界をアップデートさせた魔術の一端は,それが従来のモダンデザインの言語ではなく,より大きな思想史,視覚文化史の文脈につらなりながら,さまざまな思想や方法論を現代的につなぎあわせる独自の言語によってかたちづくられていた点にあったのです。
トマトの成功は逆説的に,西欧社会における職能としてのデザインの制度性や文化全体の言語中心主義が,いかに強固なものであったか示しています。
つまり,欧米社会におけるデザイナーという職能はエンジニア的な専門性の側面が強いのです。これは作家主義的なクリエイター幻想が支配的な日本のデザイナー観からすれば,とても意外なことでかもしれません。
トマトはデザインからの「解放」でもあったといえるでしょう。
現在もトマトは基本姿勢はそのままに,メンバーの入れ替わりや各自の活動拠点を移動させながら,ひとつの運動体としての「旅」をつづけています。

●かたちをあたえること
さて,『かたちをあたえること(formgiving)』と題された本特集は,近刊が予定されているジョンの著書『The Floating World: Ukiyo-e』(Steidl,2009)の姉妹編にあたるタイポグラフィックな読み物です。ジョン・ワーウィッカーがその旅,その「プロセス」のなかで考えたことや,描いてきた地図を核として,トマトやアンダーワールドの活動,参照してきた書物や音楽や事物が盛り込まれたガイドブック的な構成になっています。
20年近くにわたるトマトの活動のなかで,視覚表現をのぞいたその思想的な側面は,言語の壁もさることながら,十分に語られることも少なく,日本の読者にとってはなかなか伝わらない部分でした。その核心に近い部分が,アジアや日本文化の精神性に接近していることも,かえってキツネにつままれた気分にさせるところもありました。そのような読者に本特集のさまざまな言葉やイメージの積み重ねは,リアリティをもって応えてくれるはずです。
グローバルと言われて久しい現代ですが,それは資本やデータに限っての話です。事実,90年代にトマトが提示したものに対し,多くのデザイナーはそのスタイル上の真似でしか応えられませんでした。約20年後の本特集が提示するのは,真似すべき流行ではなく,反応すべき考えです。欧米のデザインのひとつの思想状況に対して,いまの日本の読者がどのように反応し,自身の地図を書き換え,何を提出していくのか......。このような連続するプロセス,思考と反応の連鎖こそが,無限の情報空間のなかに垂らされた「蜘蛛の糸」を紡ぐように思います。

*1) Rick Poynor," Information Sculpture--TOMATO", Design without Boundaries, Booth Clibborn-Editions, 1998, p.137
*2) アイデア No. 252,1995年9月号「特集:ハイパー・デザイン・ユニット トマト」,p. 17


(アイデアNo. 337より)

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