COLUMN



 

『現代日本のブックデザイン史 1996-2020』のジャケットができるまで

2021.09.22


2021年8月に刊行された書籍『現代日本のブックデザイン史 1996-2020』。長田年伸がオーガナイズし,川名潤と水戸部功がジャケットデザインを共作した。3人がその内幕を明かす。

 

探り探り,牽制しつつ

長田年伸 『デザインスタイルから読み解く出版クロニクル 現代日本のブックデザイン史1996-2020』,おかげさまで無事刊行の運びとなりましたね。まずはおつかれさまでした!

川名潤 おつかれさまでした!

水戸部功 おつかれさまでした!

長田 もととなった『アイデア』387号刊行からほぼ2年,長かった……。それで今日はこの本のジャケットデザインについてわれわれ編者3人で解説をしていくという主旨です。

川名 言い訳とフォロー考えねば……

長田 (笑)。ぼくから簡単に経緯の説明をすると,せっかく川名さんと水戸部さんが一緒に制作しているのだから,ジャケットにもなにか工夫ができないかというところから始まって。当初は表1と表4で担当を分けるとか,もしくはジャケットと表紙を分けるとか,そういう話もあったんですけど。

川名 思いだした。そんな話もあったよね。

水戸部 ありましたね。どちらが表1をやるか,互いに譲りあっていた。

長田 なのだけれども,せっかくだから共作できないかということを思いついて。そうしたら川名さんからも試したいという意見をもらい,水戸部さんも同意してくれてやってみようということになったんですよね。

川名 でもどうやるのかとか,どうするのかとかはその時点では一切見えていなくて。

水戸部 想像つきませんでしたよね。

長田 データを送りあって進めることも考えたんですけど,それだと終わらないし,たぶん進められなくなるということで,だったらどこかに集まってその場で作業するのがいいというところに落ち着き,川名さんの事務所にお邪魔させてもらってデザインセッションをすることに。

当日は川名さんの環境をお借りするのでまず水戸部さんから作業をはじめて,ぼくがポンコツAD的に作業を交代するタイミングをジャッジしながら,川名さんと水戸部さんとが交互に手を動かしていくスタイルで進めました。

川名 じゃあ見ていきましょうか。一手目,水戸部さん。

とりあえず文字を置いたふうに見えるけど,この時点でもう方向性読み取れるよね。

水戸部 テキストを打ち込んで,横に寝かしたところで早速長田さんに止められた。

川名 そうだっけ?(笑)。ちなみに事前に「こうしよう」とかプランあったりした?

水戸部 プランはまったくなくて,テキストを並べたときに,ふと「ヘルムート・シュミットかな」と。軽率に名前を出すと怒られそうですが……。

川名 たしかに,ヘルベチカでこのくらいのQ数で組まれて,ある程度の長さのテキストが置かれているのは,シュミットっぽい。というか,『アイデア』のロゴがある時点でシュミットの前提からは逃れられないっていう。

水戸部 そう,もとが『アイデア』ということもあって。でも,ここからもっと変わっていくと思っていたので,軽々しくシュミットっぽくしてしまったんです。

川名 それくらいの軽いニュアンスだったんだ。明確に方向性として受け取っていた(笑)。でもさすがに手渡されたものをいきなりガッと変えることもできないしね。前の会社で後輩が作業したものにさえ,ぼくはそんなことしたことがない。

長田 ぼくがここで止めたのは,このままだとシュミット路線で固まるなぁ,と思ったからでした。 

川名 意外とみんな意図を言葉にせずに進んでいくことになったのね。

長田 牽制しあっていた(笑)。

川名 探り探り。考えてみれば,言葉にすることで牽制が強くなるしね。

 

決定的に違うところ

長田 ぼくは手は動かさずディレクションもせずに判断だけはする立場でしたけど,川名さんと水戸部さんはお互いにやりやすそうでした。やりやすいというか,たのしそう。

川名 やっぱりゲームっぽい感じだろうなとは思ってたけどね。オセロみたいな。あ,ひっくり返さないから五目ならべかな?

水戸部 一手目が川名さんだったらまったく違う感じになっています?

川名 おれも文字とりあえず置いて終わってた気がするな……。太ゴにはしていたと思う。でももうちょっと大きくしていたかも。そこからの水戸部さんの太ゴの並べ方を見てみたいという理由で。大きくっていうのは,なんというかサービス的な。そのへんが染みついてる。で,ヨコじゃなくて正位置。どうせ水戸部さんがなにかを90度回転させるだろうと。

水戸部 読まれてるじゃないですか……。シュミットっぽくしたとはいえ,とりあえず太ゴとヘルベチカで打ち込むのは通常の作業なんです。縦組みと横組み両方打ち込むのも。

川名 通常(笑)。つまり「いつもの道具」を揃える感じね。

水戸部 手癖とも呼べますね。

長田 ちなみにそのときの級数はいつも決めています? それとも本によって変わる?

水戸部 ぼくは最小が16Q,つぎが21Q。タイトルは文字数と字面を見て決めますが,だいたい40Qあたりで見ています。

川名 要素・条件がミニマムなところからなにができるかを試していく感じ?

水戸部 そうですね。ここからコンセプチュアルな仕掛けができるか,ああでもないこうでもないと考えます。

長田 川名さんはそういうやり方します? 最初のルーティンがあるみたいな。

川名 カンナ研ぐ,みたいなってことでしょ? ないなあ。でも水戸部さんも「手癖」と言っているけど,無自覚感ではまったくなくて,やっぱり自分の目的のための道具を揃える感じのやつでしょ。

水戸部 たしかに,無自覚ではないですね。このときすでに「帯もなし!」と思ってやっていました。

長田 この時点ではまだジャケット,帯,表紙の通常仕様でいくかと思っていたけど,水戸部さんは「帯なし」まで考えてたんですね。それで水戸部さんが道具を揃えて,ひとまず整えたところでバトンが川名さんに渡って。で,川名さんはここにこれを持ち込んだわけですよね。

川名 こんなに早いタイミングになると思っていなかったんだけど,なにかしらをスキャンしようとは思っていたのよね。

水戸部 スキャンするの決めてたんですね。スキャン(コピー)するのって動いていたものを最後に固めるというか,味つけみたいにやることが多いので,二手目できたのは驚きました。

川名 そこがやっぱり違う点だよね(笑)。ネタは早めに入れる。それでいま思いだしたんだけれど,ルーティンというかぼくのデザイン手順としては,まずはじめに絵素材を置いて,文字は本当の一番最後っていう場合が多いです。

水戸部 これ,決定的な違いですね。

川名 入稿前3時間くらいに文字を入れる。

長田 水戸部さんはデザインの要素を全部自前で用意するけれど,川名さんは外部から素材を持ち込む。そういうアプローチとスタンスの違いが浮き彫りになりましたね。

川名 結果的に文字が主体になるデザインでも,紙と帯の高さと色から決めて,スペースをひとまず決めて,そこに文字がどう入ればいいか考えていく感じ。スペースを絵素材として考える。で,文字を触りながら,なにかしら絵と響き合うところで止める。

長田 水戸部さんが構築的だとすれば,川名さんは配置的ってことか。

 

ひとつの記録として

川名 今回のデザインについては,文字は水戸部さんがやるだろうという打算もあったけどね(笑)。あと,ちょっと目的が違うというか。デザインを仕上げるというよりも,なにかしらの記録としてこの機会を使ったところがある。だから実際のレイアウトで入れたのはこれ。

水戸部さんのレイアウトもろとも入れていた。

水戸部 ぼくは川名さんの手のひらで踊らされていたわけですね……。

川名 いや,そんな余裕もない(笑)。なんとかドキュメンタリーを入れ込もうとしていた。……というときれいだけれど,こうやって後から見ると実際は水戸部さんの邪魔をしていた感じしかないね(笑)。

水戸部 記録していく,過程を残像のように残していくっていうの,おもしろいですね。レイアウトも残したほうがよかったですかね。でも完成形の表4に残っているのはこれですね。

川名 そうそう,この重なってる感じはどこかに残っていくといいなとは思ってた。菊地さんの言うところの,「コンピュータ以後の手つき」。スキャンで指を入れているのは「絵」としての存在感を出したかったのもあるけど,私的な要素を入れたかったというのがある。邪魔でもあるし,さんざんこの本のことを指してぼくら編者3名の「私的な視点」と言ってきたからね。拇印を押す感じで。これを入れて「おれの仕事は終わったわ」と思ってた。

長田 水戸部さんが揃えた道具にコンセプトを乗せた仕事ですよね。 水戸部さんは川名さんがこうやって来てどう思いましたか?

水戸部 この手が川名さんらしいし,じつはここが,本当の方向性が決定づけられたところなので,悔しかったですね。表1にバーコード入れたのってこの後でしたっけ?

長田 バーコードはつぎの川名さんのターンでしたね。

川名 つぎの水戸部さんがこれか。

水戸部 仕上げに入っているところですね。整理して,あとどうしようってところで川名さんへ。

川名 要素をまとめて,ホワイトスペースをつくって,という,これもまた水戸部さんらしい。

長田 さっきの話でいくと,まさに川名さんが作業しやすい状態を水戸部さんがつくっていることになってますね。ここになにを加えたらおもしろくなるかを川名さんがつぎにやっていくという。

川名 水戸部さんが誠文堂新光社のロゴ置くのを見ながら,申し訳ないなと思ってた(笑)。ちゃんとした事務的なことさせてごめん,みたいな。

水戸部 それしかやることなくなっちゃったんですよね。

長田 水戸部さんとしては別なコンセプトを考えようとしていた?

水戸部 ここで,カバーと帯を分けたらなにかできるかなあと考えたんでしたかね。

川名 なるほど,ここで方向転換の可能性が出てきたのか。

水戸部 川名さんに汚されたので……。

 

コンセプトをつけていく

川名  本腰を入れて汚すのはつぎのステップね(笑)。

いま見るとこの表1の「japanese~」はないわー。

長田 (笑)

川名 水戸部さんが整えの構えなので,もうちょっとなにか入れたらどうするかなと思ってこれやってた。

水戸部 いっきに攻めてきましたよね。

川名 さっきの誠文堂新光社のロゴの負い目から表4のバーコードを入れたんだけど,「あ,表1の左上ちょっと空いてるわ」と思ってそこにも置いた。なので,ここには大したコンセプトはない。それよりも,この作業していたタイミングの前後1カ月間くらい,総額表示にまつわるいろいろでイライラしていたので,消費税を表す「⑩」を入れた意味のほうが大きい。で,この先で帯案が出てくる。これが水戸部さんがやったやつね。

長田 別な可能性を探っている。

水戸部 ちょっとやりすぎかなと思って,でも活かす道を考えようと。

川名 さらに水戸部さんが作業していく。

表1からデカい「japanese~」がなくなってホッとしました。

長田 ジャケットと帯とで表1と表4の関係が入れ替わるデザインですよね。まだ手探り感がつづいている状態。

水戸部 なんとか「japanese~」をどかそうとしてた(笑)。それで,帯かけて2つの方向に分けて,コンセプトもより強調されるかなと考えたんですね。でも,表1にバーコードを入れられたのが,また悔しくて。

川名 このとき表1のバーコードは2人からウケがよかったので,コンセプト薄いってことは黙ってたんだよね。でも帯とカバーが整えられていく過程で,表1表4を両A面みたいな扱いにする方向になっていったので,「お,結果オーライ」と……。

長田 バーコードと⑩,それとその前のスキャンも,川名さんがコンセプトをつけていく手腕に驚かされました。ぼくもどちらかと言うと水戸部さんのように,そういうのやるとしたら最後だから。フットワークの軽さというか,ネタ投入の早さにびっくりしたけれど,それがうまいことハマったのがまたおもしろかった。その流れもあったから,本体の両A面がここで決定された感じですね。書籍化にあたって収録するブックデザイントーク篇をどういう扱いにするか,あの時点ではまだ迷ってたんですよ。でもこうやってコンセプトが固まったきたので,巻末から縦組みではじめる両A面スタイルでいけるなと。

川名 で,さらに水戸部さんの作業がつづく。

長田 いまのかたちにぐっと近づきましたね。

川名 表4にトークイベントの5人の名前持ってきて,表1と表4の役割を明確化しようとしているところ,かな。

水戸部 巻末からトーク採録が入るなら両A面,ですよね。と気づくのが遅かったですね……。

川名 おれも全然考えてなかった(笑)。

長田 ぼくはジャケット次第かなと思ってた(笑)。

水戸部 結果両A面にもなってないですし……。

川名 ジャケットをサラっとさせて帯をゴチャっとさせるっていう違いを出しつつ,表4をタテ組み,表1を横組み90度回転という方向にしつつある。

長田 その組み方向の違いが,そのまま本体の組み方向の違いにもつながっていく。だから両A面になっていると思うのだけれど。

川名 両A面になりつつ,総合して4面でそれぞれ見え方が変わるっていう。お,すごいコンセプチュアルになってきた! と思いつつ,「てことは主張の強い⑩邪魔だな…」と思ってた。

水戸部 なるほど。ぼくはこのとき,なんかチグハグになってきてしまったぞ,と危機感が募っていましたね……。

川名 (笑)

長田 水戸部さん,意識して表1と表4の組み方変えたのかと思ってました(笑)。

 

渾然一体となっていく

川名 そして「コンセプチュアルになってきた」を押し進めた感じがこれ。

川名 水戸部さんが帯と表紙を分けたことによって,はじめに水戸部さんがつくった文字組みが帯に残るので,たぶんおれは遠慮なくジャケット表1を変えている。でも手つきが完全に水戸部さんで新訳版の『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー著/早川書房)をパクったねこれは。

水戸部 もちろん意識して表4は縦組み,表1は横組みにしてるんですが,両A面感が弱いというか,もっとうまいことできないかなあと。で,そう,この段階,こうなりますよね,と思いました。

川名 このへんから3人で相談しながら動かしていたよね。ジャケットの文字,全部同級でいいんじゃん? みたいなことを言っていた気がする。

長田 言ってましたね。なんなら全部同一サイズで並べてしまおうって。文字も全部ベタ組みとかも言ってた。

川名 で,あれだ,ジャケットと帯のメリハリつけるために長田さんの巻頭言入れたりしたんだ。にしてもゴチャゴチャしすぎてんな(笑)。

マウス触っていたのはおれだけど,3人で話しながらやっていたはず。

長田 たしかそうでしたね。いったんごちゃついてたのをスッキリさせようとして,ジャケットと帯とで分けたのか。

川名 ジャケットのほう,だれかっぽくって言ってた気がするんだけど誰だっけ。佐々木俊さん?

水戸部 そうでした。あと菊地敦己さんとか。あちら側も入れるみたいなことを言っていた気がします。

長田 「なにもしない」をしているデザインですよね。

川名 これさ,ジャケット「なにもしない」でナナメにしてるのは佐藤可士和さんのキリン「極生」の広告が頭のなかにあったんだよね。

長田 おー!

川名 というか微妙なナナメを手段として使うとき,だいたいこの広告を思い浮かべている……プロセス的に間違って印刷された感じが好きで。

水戸部 「極生」はどこかで触れないわけにもいかないですよね。

長田 ぼくは手のスキャンもあったので「雑にコピーとってズレた感じ」なのかと思ってました。でも,たしかにこれと言われれば納得。

川名 工業的にミスったというか。太ゴにもインダストリアルな感じがあるからハマるんだよね。話ズレるけど日本のDIN系欧文の流行のなかでもこれ早いよね。あ,DIN系というか,ちょっと角張ってんのか。

長田 佐藤可士和さん,このあたりの感覚ほんとうに鋭かったですよね。

川名 2000年代なかばくらいまでの佐藤可士和,すごい影響受けた。映画の「セブン」とホンダの車のコラボレーション広告とか,とくに。

水戸部 極生はじつはスタッフの佐野研二郎さんの仕事なんではないかと思っているんですが,どうでしょうか? 書体は完全にその後の佐野さんなのです。

川名 完全に余談の余談で思いだしたんだけど,大学1年のときに見た佐野さんの卒業制作をよく憶えているんだよね。当時の都知事・青島幸男と府知事・横山ノックの顔の切り抜きが粗いアミ点で印刷されてて,そこにコピーが1本ある,大貫卓也っぽいポスターで,やっぱり微妙にナナメに印刷されたポスターだった。

水戸部 ぼくは佐野さんの仕事にデザインのワクワクする部分を見ていたような気がしますから,影響受けてるんだろうなと思っています。

川名 影響受けてるというのは意外。どのへん?

水戸部 潔さ,コントラストのつけ方とか,太ゴのメジャー感も佐野さんのがそう見えたように思います。

川名 なるほどね。

 

幻の別バージョン

川名 本題に戻って,あとは水戸部さんが持ち帰るまでもう1ステップある。

長田 ここに来てジャケットと帯の関係が反転。ジャケットに全部詰めこんで,帯はほぼ白に。

川名 ここで「やっぱ帯いらなくね?」になったんだね。

長田 そうです。

水戸部 そう,カバーと帯でやるなら,カバーと表紙でやればよいとなった。

長田 あとづけですけど,それもまたコンセプトの補強になりましたよね。

川名 ここでみんな疲れているよね。大筋こんなもんだろ,みたいな。

長田 あはは。それ,出てますよね(笑)。

川名 で,なんとなく表1は固まって,ほかの部分はコンセプトの了解が3人のなかで取れて,あとは配置と仕上げの技術がものを言う。ということで水戸部さんが持ち帰って仕上げをするわけだけれど。

水戸部 ここからまた迷走しましたね。

川名 そう。じつはいまの完成形とは違う別バージョンがある。

長田 これですね。

長田 さっきの段階のもので版元である誠文堂新光社の装丁会議は通っていたのだけれど,最後の仕上げで変更したわけです。

水戸部 表4は変えてもいいでしょと思って……。表4に入れようとしていた巻頭言もまだ上がってきていなかったので入れるのはやめとこうとなって。そうなると結構変えなきゃと思った結果,こうなりました。

長田 ちなみに,うねらせたのはどういう意図だったんですか?

水戸部 川名さんの,コピーを取る手法を発展させたつもりですね。

長田 結果的にこの案は進行上の差し替えが間に合わなくて採用されなかったわけですが,なんとかねじ込もうと編集部ともやりとりをして,こんなふうに水戸部さんの仕上げを説明しました。

「ぼくとしてはこの現状(出版もそれを取りまく社会も)の解釈とも読めるかなと。振り返りトークも経て,水戸部さんなりの現状認識になっているかなというあたりです(本書に収録している振り返り鼎談での混乱というか反省というか,そういうのが反映されている)。

たしかにアシッド感満載ですけど,現実が歪んでいるようなこの状況の反映だったり,あるいはぼくらが描いた短いながらの歴史そのものが歪んでいる(歪んでいるのは正しい認識)ことの象徴とも取れる。

要するに,解釈の多様性に開かれているということで,ぼくは本書の内容に鑑みても「あり」と思っています」

結果,やっぱりスケジュールを動かすわけにはいかず採用にはいたらなかったわけですが……。

川名 説明が強引で優しい(笑)。そして間違ってもいない。

長田 ぼくなりの解釈で,でもずっと一緒につくってきたおふたりの考えや心意気は汲めているつもりだったので。

水戸部 ありがとうございます。ご面倒おかけしました……。「現代日本のブックデザイン史」という傲慢なタイトルですから,鵜呑みにするなっていう自己批判,わかっててやってるっていう言い訳を込めたかったんですよね。

川名 おれはこの歪み,やっぱり上手いなと思った。歪みがいい形にたどり着くのはなかなかめんどくさい。

長田 これ,実際にずらしながらコピー取ったんですよね?

水戸部 ぶるぶる揺らしながらコピーを何枚もとりましたよ。

川名 ちなみに,仕上げは水戸部さんがやるっていうのを暗黙の了解としてしまっていたんだけど,そこに不満は?

水戸部 いや,そこでまた変えてやる,と思っていたので,むしろやりたかったです。

川名 よかった(笑)。水戸部マジックを期待していました。

長田 マジック(笑)。

川名 それもあって歪みに「おお」ってなったんだよね。

長田 ぼくも驚きました。でも,さっきのプレゼンにも書いたように,よかったんですよね,これが。

水戸部 やりすぎかなあと思ってもいたし,これこそ,恥ずかしいことをしているのではないかという思いもありました。

 

この2年の思考が凝縮されている

水戸部 それで最終的にいまのデザインに落ち着いたんですけど,ここで公開したものと比較すると,けっこう変えているんですよね。これが最終で,バーコードとか真っ直ぐに戻したり,ちょこちょこと整理しただけですね。タイトルは結構大きくしました。表1が表4感あるなと思って。

川名 タイトル大きくなったところに気付いていなかった(笑)。表4は『コピーキャット』(オーデッド・シェンカー著/東洋経済新報社)とか「エキソニモ」展のポスターの感じが出てきてて,「水戸部さんのやつだ」と思いました。あと『オクトローグ』(酉島伝法著/早川書房)も。

水戸部 でもこの巻頭言と欧文と,トークの5人の名前重ねたのつくったの川名さんですからね。

川名 こうやって整えられる前は,なんとなくデヴィッド・カーソンあたりが頭にあった。

水戸部 なるほど。整えすぎちゃいましたかね……。

川名 あと立花文穂さん。見た目はちょっと遠いけども,スピリット的に。整うと水戸部さんになるし。あとなんというか,一時期のtumblrなんかのページで流行ったようなレイヤー感もある。そのへんから醸し出される2010年代以降のデザイン感覚も込めつつ。

水戸部 写真や版画にあるノイズがきれいに補正されてきてしまった感じ。

川名 いや,でもそのかわりに,プログラムミスのようなコンピュータ的ノイズやグリッチが姿をあらわしてきてる感じもある。なおかつ正位置になることによって,コンピュータ導入で無視されて消えてきてしまったグリッドがまた見えてくる感じ。グリッドが背後にありつつ,それが動いている途中というか,グリッドの亡霊的な。

長田 水戸部さんと川名さんの持ち味がいいところに落ち着いてる印象。悪い意味ではなくて,いい意味で折衷的。「動いている」感でいえば,戸田ツトム的なことでもあるのかもしれないです。

川名 あーたしかに。戸田さんのハイブローをちょっとローに翻訳するとこうなる,みたいな。

長田 だからこの2年の思考が凝縮されてもいる。

川名 お,まとまった!

長田 (笑)

水戸部 最後は戸田さんでまとまるとは……。

長田 きれいな流れになりましたね(笑)。

水戸部 ところで,川名さんも自分なりの仕上げをつくるって言ってましたよね?

川名 あ,やります(笑)。あと3日で『群像』校了したら……。

水戸部 楽しみにしてますよ! マジックを。

長田 ガチのやつだ(笑)。

川名 魔法じゃないという話をまたしなきゃいけないのか(本書ブックデザイントーク篇p. 049参照)。

 

プロフィール

長田年伸(ながた・としのぶ)
1980年東京都生まれ。デザイナー/編集者。
中央大学で中沢新一の薫陶を受け、春風社編集部を経て、朗文堂新宿私塾でタイポグラフィを学ぶ。日下潤一のアシスタントを務め2011年に独立。

川名潤(かわな・じゅん)
1976年千葉県生まれ。デザイナー。
プリグラフィックスを経て2017年川名潤装丁事務所設立。多数の書籍装丁、雑誌のエディトリアル・デザインを手がける。

水戸部功(みとべ・いさお)
1979年栃木県生まれ。デザイナー。2002年多摩美術大学卒業。
大学在学中より装丁の仕事を始め、現在に至る。2011年、第42回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。